大盛況だった「プライシングナイト #1」 を勝手にまとめてみた

おはこんばんにちは、hoozmです。今回は久しぶりのイベントレポです。

 

※こんなイベント行ってきました

pricetech.connpass.com

 

B2B Saasにおいて、悩むのがプライシングであり、悩む方は多いのではないでしょうか?(僕も悩みましたし、未だに答えとなるものはない・・・)

 

なので、どうしても聞きたかったんです。しかし実はプライシングナイトは人気イベントで参加の危機に危ぶまれました・・・

 

※恥を忍んでtwitterで無理やり絡んで参加権を獲得しましたw

※一部始終

 

※村岡さんが優しい人で良かったw

 

ここまでやって参加したし、たぶんB2B Saaserな方は絶対に興味がある内容だろう(=pv増えるだろう)ということで、イベントレポ化です。

 

是非ご一読くださいませ~

 

※ #プライシングナイト でtwitter実況も見れるよ

twitter.com

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7社目でReproを選んだ理由とやりたいこと ~入社エントリーに憧れて

※いわゆる入社エントリー的なものに憧れがあったので書いてみようかと。笑

 

以下のブログでも言及していましたが、2019年1月より正式にReproにジョインしております。

 

hoozm.hatenablog.com

 

社会人5年目が終わるタイミングで7社目で働いているという、下手な小説の設定でもなさそうな人生を歩んでしまっている僕ですが、有り難いことに「なんでReproなの?」という質問をよくいただいきます。たしかに渡り鳥みたいな人間が、どこを選ぶのかについては一定の需要があるのかもしれません。

 

ということで、なぜ7社目にReproを選んだのかを気の向くままに書き散らしたいと思います。

 

そもそもは起業するか迷っていた

元々、前職を離れようと決めたのは2018年の秋頃のこと。理由は「自分の事業を早く進めるには出たほうが良い」というのが一番大きかったです。前職の入社理由も自分で起業する前に「伸びていく会社において、全体最適をどう図るべきか」というものを体感したかったことにありました。

 

それから「もう早く自分でやってしまった方がいいのでは?」と思う気持ちが強まり、周囲からの後押しもあり退職することを決意しました。2018年11月頃のことです。

 

ただ不安がありました。事業のアイディアはあり、成功させるイメージはあったのですが、リソースがぼぼない状況。資金もなければ、成功させるための最重要ファクターである”仲間”がいない状況。まあ、このままやっても討ち死にする確率が高いことは間違いない。

 

今をときめく偉大な起業家たちはここでアクセル全開で突っ込むという選択をとれるのでしょうが、過去の経験から仕事も不安定かつプライベートも不安定(金的な問題)な状況にそこまで自分が強くないことを自覚していました。※経験は時に自分に枷をはめるんだなとか思ってました。悪いのは経験ではなく僕でしかないのですが・・・

 

そんな僕はあることを思いつきます。「新規事業として一緒にやってくれる会社を探す方が死なずにかつ成功確率が上がるのではないか?」と。※(この場合は、成功≠莫大なリターンですが・・・)

 

正直、僕にとってはexitを目的とした莫大なリターンを得ることを目的とした起業欲でなく、自分の好奇心を満たしたいという欲が僕を突き動かしていたので、とりあえず探してみようと動き出します。退職を決めた翌々日くらいの出来事でした。

 

唯一、僕の意見を尊重してくれたのがReproだった

「世の中に新規事業の提案を受け入れて実行検討してくれる会社はどれくらいあるのか?」という質問をされたとして、今の僕の答えは「いるかもしれないが、見つけるのは不可能に近い」です。僕の力量不足な面があるので主観にはなりますが、一般的には多分そうです。出来ないから、みんな起業するんだと思います。

 

ありがたいことに、興味を持ってくれて、話してもらった方も数人います。しかし、そこから1時間~2時間話して、返ってくる言葉はほぼ共通していました。

 

「それよりも良い事業プランがあるから、それやらない?」

 

まあ遠回しな自己否定なわけです。僕のリソースを欲してくれるのはとても嬉しかったのですが、複雑な心情でした。ただ、もう辞めることは決まってるし、背に腹は代えられないし、そこでの経験を糧にして再度やろうかなと思ったりもしました。

 

ただ一社だけ違う反応をしてくれた会社がありました。それがReproです。実はReproは前職に転職する際に、面談をしています。当時はカオスだけど良い組織っぽそうとか思いながらも、マーケティング領域から離れたことしたいという想いから選考を辞退していました。

 

ただ、そこからも何となくは関心を持っていて、人を紹介したり、Repro主催のイベントのレポを書いたり、LTをしたりしています。

 

※ LT内容まとめ

hoozm.hatenablog.com

 

※イベントレポ

hoozm.hatenablog.com

 

人事の畑中さんとVPoEの三木さんと別件で話をしていた時に、それとなく事業構想案を送ってみたのですが、返ってきた答えは「いいじゃん!手伝えることは協力出来るし、何なら自分でそれやりながらReproで働くとかも出来るよ!」と、初めて僕を肯定してくれる内容でした。

 

そして僕にとっては新しい選択肢も生まれました。「社員としてコミットしながら、自分の事業もやれるのは良いかも!」と思ったのがReproで働くキッカケです。11月中旬過ぎくらいのことでした。

 

自分本位でいられそうな環境が合ってそうだった

ただ一つだけ僕には懸念がありました。自分本位で働ける環境があるのかということです。(自分本位については冒頭に紹介した記事内で言及しています)

 

それまで6社で働いている中でセールス、マーケティング、CS、採用とわりと幅広いことをやってきたのですが、ゆえに選択を間違えると何でも屋(都合のいい便利屋)的な役回りになる傾向が過去にありました。

 

人から求められるという意味では良いのですが、一つ間違えれば何も出来ないやつになりかねません。凄いワガママなのですが、自分の強みを発揮出来て、会社も自分も成長出来るのが理想です。

 

結果的に話してしまうと自分本位で働ける環境があったのでReproにジョインすることを決めました。

 

元々、昨年の夏頃にご縁があったhead of CSの佐々木さんとも働きたいな~と思っており、畑中さんに相談して、飲み会をセッティングしてもらいました。

 

※佐々木さんに関する最近の記事

www.pr-table.com

 

そこで個人的に感じたのが以下の3つです。

 

  • 圧倒的な性善説
  • to beな思考
  • 成果を前提としたフリーダムさ

 

このブログで過去に書いている僕の記事と類似している部分が多く、自分本位に働けるなと感じ取れたのが入社を決める大きな判断材料となりました。

 

加えて、自分の強み(ライティングとか)で、チームを推進出来るのが明確だったことも後押しとなりました。これが11月下旬の出来事です。※ご察しの通り、結構なスピード感です。12月の初旬には業務委託をスタートしており、このスピード感が個人的に好きです

 

性善説について書いた記事

hoozm.hatenablog.com

 

※to beな思考であることを示唆する記事

hoozm.hatenablog.com

 

コンテンツでReproをHackする

今の僕はCSMという肩書でありながら(これは変えたほうが良いと思ってるけど、良い言葉が思いつかないw)、担当顧客を持たずにコンテンツ(いわゆる記事だけでなく、様々な情報媒体まで含む)を通じて、カスタマーマーケティングを実現したり、どうしてもハイタッチ寄りになりがちなCSをテックタッチよりにして、事業のスケールのボトルネックにならないことを実現していくのがミッションであり、個人としても挑戦したいことです。

 

ちなみにCSチームは最近OKRを取り入れており、僕の個人Oは「コンテンツでReproをHackする」です。実現出来たらワクワクするので、毎日楽しいです。

 

そして、Reproでの経験を通じて、自分の事業も推進していければなと。(実は元々考えていたものとは別で、サブプロジェクトとして別会社を2月に設立予定。もちろん、それとも別で自分の事業は進めますし、Reproにおける最大限のコミットは前提です)

 

※なので2月に5年で8社になりますw

 

7社目にして、ようやく本当に自分に合う居場所を見つけられたのは幸運でした。もしかしたら一生見つからない人も多いのかもしれません。

 

まだ居場所が見つかってない方に、個人的にはReproをオススメしたいなと思っております。

 

 

それでは、最後に・・・

 

 

We are hiring!!!

www.wantedly.com

主観と錯覚。無意識に縛られる私たち

※今回記載する内容はあくまで客観的に捉えた事象に関する話であり、その優劣については言及外です。優しい目で眺めてください。

 

昨今において、女性の権利についての言及をよく目にするようになった。いわゆるフェミニズムである。とりわけSNSでは、何かそういった人たちの機微に触れるものが見つかると爆発的な勢いで拡散している様子が毎日のように見受けられる。

 

元々のフェミニズムの始まりは、1792年にイギリスでメアリ・ウルストンクラフトが、フェミニズムの先駆けとなる『女性の権利の擁護』を執筆したことによるらしい。(Wikipediaより)

 

たしかに自分で生まれながらに選択出来ない性別によって、自分の権利を脅かされるのは問題である。(最近では中国のデザインベイビーが話題になったが、どこまで進化しても片方の性別しか選べないので、ここでは問題とならない。)

 

そして一般的にフェミニズムを推進しようとする方々をフェミニストと呼ぶ。その方々は日々「この国において基本的なものが男性優位で設計されており、女性の権利が脅かされている」という主張を繰り広げられている。たしかにそう思えるものもあったりもする。

 

ちなみに僕はこの文章において「そもそもの権利の定義」について話すつもりは毛頭ない。※この文章の結論は、この中において定義を議論することの意義が高いものではない、と示唆する内容にもなっていたりする予定だ。

 

さて、権利の定義が如何様であろうとも、フェミニストな方々は自分たちの権利を主張し、フェミニズムの推進を求める。まあ人間という生き物は自分の権利を主張する本能があるので何ら問題ではない。問題はないと思っていた。

 

しかし、最近になって、そもそも根本的な違和感を知ることになった。

 

知人に大学院でフェミニズムを研究した女性がいる。もともとは法学を学びながら、気づいたら研究をしていたらしい。先日飲み会でたまたま話をして教えてもらったのだが「実はフェミニズムを本当に最初に唱えたのは男性であった」らしい。

 

そもそも本当のフェミニズムとは「国家の効率化を目指す際に、男性と女性に役割を明確に持たせ、そしてその責務を全う出来るように女性にも権利を保障しなければならない」という話から始まったのだと。

 

だからこそ、そもそも男性目線で「権利を与えなければならない」という話であって、現代の女性が日々主張しているフェミニズムは元義からズレてるし、それは別の論理になるらしい。

 

ちなみに私はフェミニストの方々が間違ってるのかと言う話をしたかったわけではない。別に僕が決めたり、判断することではない。

 

ただ改めて、人は主観によって各々の主張を行う動物だとも感じている。

 

これだけでは問題ではない。問題になるのはこの主観を普遍的な真実であると錯覚してしまうことである。

 

話を少し変えてしまうのだが、僕はフェミニストが貧困問題について同じように唱えないことに違和感がある。

 

生まれながらにして選択出来ないのは、性別も生まれる場所と家庭も同じはずである。

 

もしかしたら、男女は同じ国家内における話であるので同じ権利であるべきだが、国境を越えれば違うのかもしれない。けどフェミニズムは国境を越えているし、同じ国内においても自分で選べなかったことによる貧困問題は多数ある。

 

ただ、この問いに対する答えはもう出ている。人は主観によって判断し、意思を主張するからである。主観に入らないものは無意識的に思考から排除されるのである。多くのフェミニストにとっては貧困問題は自分事ではないのであろう。

 

主観は無意識のうちに私たちから思考の可能性を奪っている。そして主観によって錯覚をさせられている。

 

これは知らない方が幸せなことかもしれない。自分の主観で構成された世界で生きることは心地の良いことだろう。

 

ただ、それで本当に良いのか。僕にとってはそれは正ではない。個人的な話であり、強要する話でもない。

 

それだけである。

 

僕なりの30分でブロクを書くときの方法 ※結局は思いつき

※これは実験的な取り組み(思いつき)であり、僕の私見を垂れ流すだけなので軽い気持ちで読んでください。笑

 

はじめに

昨今twitter界隈においてブロガーやライターの発言の場が増えており、サロンなどを主催して有料コンテンツを提供している所謂インフルエンサー的な方々が増えている。※基本的にそういう有料コンテンツには課金をしていないので中身は知らない。

僕はその流れに逆らいたい。価値のあるコンテンツだからこそ有料にするのは至極当然である。だからこそ、長期的な信用経済における価値を追ってみたい。

 

僕が考えていることはこんな感じ

 

つまり「僕なりの価値を出す方法」を垂れ流していきたい。それで少しでも何かしらの役に立てばいい。※ちなみに本ブログも趣味でやってるのでアフィリエイトや広告も入れない。なぜならば利益追求してしまい「自分の思想を垂れ流す」という目的から逸れる

 

ということでタイトルにある通りの内容について言及していく。

 

※なぜ30分なのか

そもそも本ブログの発端は、僕が電車移動などで暇な時間で遊ぶために手軽にアウトプットしたいということから始まっている。当時は移動時間が30分くらいのことが多かったので、本ブログは基本的に30分以内にスマホで書くことを決めている。(基本的にというのは、他に知り合いのイベントレポとか備忘録的にブログに残しておくとか別の目的でやっているものがあるので)

 

僕のブログは思いつきでしかない

僕がブログを書く目的は「自分の思考を垂れ流したい」であるが、ほとんどの場合におて、突発的に思いついたことを書いている。

 

事例① 

hoozm.hatenablog.com

 

この時の私の思考プロセスは「BtoBマーケティング×スタートアップ」なことを書きたいと思ったことから始まっている。ついでに「せっかくならSEOで1位もとりたい」という欲も出た。

 

その瞬間になぜか「ABM」という単語が頭に出てきたのを覚えている。(たぶん直近にFORCASのセミナー案内メールを見てたからだと思うw)

 

※最初の事例なのに通常と違うプロセスがここで入るのだが、SEO1位もとりたかったので「ABM スタートアップ」というキーワードの競合分析をした。この2つのキーワードが入ったコンテンツがなかったので、これは勝てると思って書くことを決めた(普段はこんなプロセス踏まずに書いてるw)

 

ということで「ABM×スタートアップ」な記事を書くことを決めていました。たぶんここまでで1分くらいの出来事。※いつもは10秒くらいでテーマ決めてると思う

 

ちなみにスタートアップでマーケティングをやっている人は分かると思うのだが、ABMってなかなかスタートアップだと難しい概念だったりする。なぜならば「どんな顧客でもいいからとにかく売る」みたいな雰囲気があったりするから。

 

けど本当は正しい顧客に売るべきなんだよね。じゃあ正しい顧客って何?なぜ正しいの?みたいなことを自問自答してたら、こんなことを思いついた。

 

・ほとんどの業界には業界団体や何かしらのネットワークがあり、その中で影響力を持つ企業の多数が大企業である
・業界トップに変化が起こると他社もフォロワー戦略として、その変化に対応しようとする
・顧客として要求レベルが高く、良いサービスのフィードバックを回収できる。そして、その多くが業界に共通する。

 

そこで僕の頭の中はこうなる。

 

ABMってスタートアップで重視されない→けど本当は上記の3つの理由からABM大事→(じゃあ、どうやったら他の人もこれを納得してくれるのだろう?)

 

どうやったら人は納得するのか?に対する僕なりの答えは「みんなが頭で想像して共感出来る具体例」を伝えるである。よく「抽象と具体を行き来する」のが物事の理解を深めるのを促すと言うが、僕も全くもってその通りだと思う。

 

その時に思いついたのが「将棋」だった。本当にたまたまである。その時の僕はこんなことが頭をよぎった。

将棋において序局に飛車と角のいずれかを取れれば、その後にとれる戦略は大きく変わる。

(これってABMにおいて、どの顧客を早くとると効果的かに繋がるな~)

 

これで記事の中身はほとんど完成である。たぶん感覚的にはここまでで3分~5分くらいで頭に浮かんでいる感じだった。残りは25分。あとはこれをスマホで書いていくだけである。

 

では、書くときはどうするか? 僕がやっているのは「思考プロセスを逆再生しながら書いていく」という方法だ。言い換えると「抽象→具体」で考えたものを「具体→抽象」で書いている。

 

なぜか? そちらの方が「読み始めで読者が理解(共感)しやすく」「自分が伝えたかった抽象が頭に入りやすくなり」「(感覚的ではあるが)なんとなく良い記事だったな~と思ってもらいやすい」と考えているからだ。 ※完全に私見ですw

 

ということで、多くの場合はこのパターンで書いています。

 

事例②

hoozm.hatenablog.com

 

事例①は、「抽象」の思いつきから着想していく書き方であった。しかし事例②は逆である。「具体」を思いついた、正確にはこの時は飲み会(たしか渋谷の肉横丁で朝まで飲んでたw)で人から聞いた内容から着想したのが特徴だ。

 

ちなみに聞いた内容は以下である。

・「幽霊は存在する前提」で話が進められた内容の論文によると幽霊は「害のない幽霊」と「悪霊」と呼ばれるものに大きく二分されており、前者は50-200年、後者は200-500年の間この世界に存在しているらしい。

・そして、科学的にアプローチした結果として「害のない幽霊はリチウムの集合体」であり「悪霊はトリウムの集合体」であるという結論に帰結していた。

 

確かこの話を聞いたのが朝の4時くらいで、5時過ぎくらいに電車に乗った記憶がある。その時にこんなことを考えていたと思う。

幽霊というスピリチュアルに対して、科学でアプローチ

異なるジャンルを持ち込む

物事にいき詰まったら別の視点を持ち込む

大きくとらえると、これって人は思考が凝り固まっていく傾向があって、異なる考えを頭に入れない限り人間って変化出来ないのでは?(異論はあると思いますが思いつきなのでw) 

 

こんな感じのことを電車で考えてました。これが本記事における「抽象」になります。ここからは事例①と同じです。「具体→抽象」の順番で書いていきます。

 

※実際には眠気に勝てず、その日の夜に書いてますがw

 

この書き方の前提は思考量

僕なりのブログの書き方を事例①、②を通じてここまで伝えてきました。個人的には以下の2つが大切かなと感じてます。

 

  • 抽象と具体をセットにする(思いつくのはどちらからでもOK)
  • 書くときは具体→抽象の順番で書く

 

こう見るとかなりシンプルな書き方をしています。というよりも30分で書き上げるのであれば、これくらいが限界ですw

 

ただし、この書き方には前提があって「思いつきが出来る」ことが必須条件になります。なので、思考量がないと厳しいです。最初の方は苦労することでしょう。

 

ただ、だからこそ色んな人にライティングとかコンテンツを書くという行為をやってもらいたいなと思っています。なぜならば「思いつきが出来ること」や「抽象と具体を行き来出来ること」は仕事において役に立つからです。個人的には良いトレーニングだなと思います。

 

本ブログは弱小なのであまり人には読まれないかと思いますが、少しでも多くの人に届き、何かしらの役に立てれば幸いだなと思います。

 

 

 

 

 

準備とは。死と向き合うということ。

2019年1月2日の昼過ぎ。母方の祖母が旅立った。1月2日は祖母の誕生日でもあり、家族で祖母を祝った2時間後に最後はやってきた。

 

母が隙間時間を見て、小一時間の買い物に行き、帰ってきた後のことだった。母に様子を見といてと言われたので、僕は15分に1回は祖母を見ていた。そこには確かに生きている祖母がいた。母が帰ってくるまでに4回は確認をしていた。

 

母が戻ってきた。まだ祖母は息があった。

 

それから一時間。気づいたら息をしていない祖母がそこにいた。母がハッと気づいて様子を見に行ったタイミングで祖母の息が止まっていたらしい。

 

私たちは祖母の家、母の実家にいた。僕と弟はこたつにいた。母は台所と祖母の部屋を行き来していた。父親は祖父が亡くなった後の対応が残っていたらしく外に出ていた。

 

人が人の最後の瞬間に敏感になるのは、もしかしたら病院という環境がそうさせているのかもしれない。身体に繋がれたバイタルによるアラートが緊迫感を演出しているのはほぼ間違いない。私たちが落ち着いていたのは、これらの要因が抜け落ちてからかもしれない。

 

 

私たちが祖母の最後を覚悟し始めたのは2017年9月のことである。ガンが転移している事実を受け入れることにそう時間はかからなかった。

 

祖母自身も母も延命治療は望まなかった。緩和治療をもって、残り少ない時を充実させる方向を選んだ。

 

2017年11月には、人生最後の旅行ということで弟が住んでいることもあり京都旅行に行った。旅行が得意でない僕も流石につきそった。

 

死にいく人に僕は何が出来るのか - HOOZMのブログ

 

ここでも書いたように、僕は可能な限り実家に帰省しては祖母に会いに行っていた。

 

2018年12月は父方の祖父が旅立ったこともあり、東京と実家の熊本を3往復したのだが、その時ももちろん祖母に会いに訪れていた。

 

会話したのが懐かしい。しかし、祖母からその時に言われた一言はなかなか衝撃だった。

 

「もうダメだ。。」

 

「大丈夫だよ」とも僕は言えなかった。そもそも2017年の時点で医者からは「2018年を迎えることが出来ればいいほう」と言われていた。もって半年だと言われてもいた。

 

みんな2019年に祖母が生きているなんて思ってもいなかった。だからこそ2018年末のこの言葉には、確かな最後の予感を感じていた。

 

 

話は変わるが、祖母との最後の時間となる葬儀は今日と明日である。いわゆる家族葬となる。

 

祖母の母親は祖母が小さい時に亡くなり、祖母の夫、つまり母の父親は僕が小学生くらいの時に亡くなり、家族を空襲で全員失ったため親族もいなかった。母親の兄は東京で働いており、さきほど東京から到着したらしい。

 

だから葬儀に参列するものは僕の家族を含めて数名となる。祖母の家で葬儀を行うことは元々決まっていた。

 

祖母の息が止まった後の母は淡々としていた。かかりつけの看護師と医者に電話をかけ、葬儀屋に連絡をし、葬儀の段取りを手際よく行っていた。

 

その過程で、僕は初めて息のない人間の身体を持ち上げた。看護用のベッドに記載されていた体重30キロという数字はもしかしたら間違ってたのかもしれない。大人4人でかかえるにはあまりにも軽すぎるはずなのに、この前まで僕一人でおんぶが出来てたはずなのに、これまで経験したことのない重さを感じた。

 

今は父方の実家(僕が高校生まで住んでいた場所)の布団の中にいる。ご飯を食べて風呂に入った後に爆睡していたらしい。実は日をまたいだタイミングで起きてしまい、ふとこの文章を書き始めたにすぎない。

 

親父は寝ている。弟は居間で絵を描いている(だいたい実家帰省の時は朝方までやってるのが恒例なので通常運転)。

 

母もたぶん寝ているかもしれないし寝つけてないかもしれない。母の兄と二人で祖母の家にいる。2017年9月から毎日一人で祖母を看護し、毎晩1-2時間ごとに起きては祖母の状態を確認していたのだ。

 

そこから解放された約1年半ぶりの夜である。寝つけないのはこの長い期間で染み付いた生活習慣かもしれないし、別の感情が邪魔しているのかもしれない。

 

私たちは端からみると、かなり淡々としている。薄情だと思われるかもしれない。実際そうなのかもしれない。

 

2017年9月から覚悟をしてから、それなりの時間がたった。最初のほうは悲しさが強かったが、2018年末になると悲しさではない別の感情が僕にはあった。

 

母については、この期間毎日祖母の横で看護をしながら寝ていた。

 

夜になると「助けて」と祖母がずっと悲痛な声をあげている時期もあったらしい。「苦しまずに逝けて良かった」という母の言葉はたぶん本心だろうし、この時期を唯一知っているからの言葉だったのだろう。

 

私たちは、祖母の「死」について、意識はしてないものの各々がそれぞれなりに準備をしてきている。もっとも準備が出来ていたのは母だろうし、少なくとも日中は誰も涙を流しはしなかった。

 

薄情な話である。端から見ればその通りである。

 

しかし、まだ私たち、特に母にとってはまだ祖母の死はおわってはないのである。もし私たちが日中に泣いて何にも手をつけれない状態であれば、祖母を弔う葬儀の準備は何も進まない。それだけは回避しなければならなかった。

 

死と向き合うということは、本当に向き合っている親族からすれば、ただ故人を偲ぶだけというものでもないと私たちはおそらくみんな感じている。

 

何事も順番とタイミングがある。これらをまっとうするためには準備も必要である。

 

母は準備を最後まで怠らなかった。祖母の死に向き合い続けた。

 

僕は死に向き合うということを、この年末年始で考える時間が多かった。

 

どうやら、ただ偲ぶものでもないらしい。偲ぶためには、偲びたい心を抑えてやらなければいけないことをやる必要があるらしい。

 

これらの準備を終えて初めて、心置きなく最後に故人を偲ぶことが出来るのである。

 

そして私たちの準備が始まったのは、覚悟をした瞬間からであった。少なくとも僕にとってはそうであった。

 

僕は初めて「準備」の本当の意味を「死」をもって知れたのかもしれない。「準備」とは「覚悟」から始まるものだと今は思う。

 

 

 

 

 

 

理想からの逃走。現実への逃避。

※2019年に対する抱負的な面が強い

 

昨日(厳密には一昨日)に2018年の振り返り記事を書いた。

 

死について。あるいは自分本意を貫く重要性。 - HOOZMのブログ

 

この記事を書いてる際に、実は2018年にもう1つ感じたことがあった。そして、その事柄はどちらかというと2019年に改めて意識していきたいと思ったことだった。

 

その内容は以下である。

 

 

「この世において、理想が自ら遠のくことはない。ただ私たちが理想から逃げているだけである」

 

 

これは様々な場面で感じた。

 

基本的に私は理想主義である。物事は全て理想から考えるべきであって、ただ現実から積み上げを行っても理想に到達することは出来ないと思ってる。理想を描けて初めて現実から理想へのロードマップを引けるのである。

 

少し話はそれるが、経済学における理論の一つに「合成の誤謬」というものがある。簡単に言えば部分最適の総和が全体最適になるとは限らないという話である。組織で考えるとこれは納得感がある。例えば、各部署がそれぞれ勝手にデータ基盤を構築するのは部署からすれば最適かもしれないが、全社で見れば地獄絵図である。

 

簡単な話である。この世において正しいのは理想である。ほぼ全ての場合において現実は理想ではなく、理想に近づけなければならない。

 

 

しかし、私たちは、少なくとも2018年の僕は理想を追求しきれなかった。現実という甘えに逃げることもあった。

 

現実というぬるま湯に逃げ込むことは簡単であった。反して、理想を追求し続けるのはそれこそ地獄かもしれない。

 

しかし、ぬるま湯に逃げ込んだところで、僕の欲は満たせなかった。現実なんて僕にとっては何の価値もなかった。理想を描き、追い求めることにしか喜びを感じれないのだろう。

 

周囲を見回しても多くの人が理想から逃走し、現実に逃避している。

 

2018年に個人的に一番の逃げを感じたのは「組織を性善説性悪説の二元論で語るべきではない」という思想である。これほど逃げなことはないかもしれない。

 

以前に私はこんな記事を書いていた。

性悪説で仕事を考えている時点でイノベーションなんて生まれないと思う。 - HOOZMのブログ

 

パフォーマンスをあげるためには性善説的に考える他ないと私は信じている。性悪説で考えるのは性善説を信じる強さと実行しうる実力がないがゆえの逃げである。どう考えても理想論から考えれば組織は性善説的に作るべきである。

 

しかし、多くの採用担当者や人事が発言していたTwitterにおいて、ほとんどが曖昧な言葉で濁していた。本名でやっているし炎上を避けるために本音を隠したのだろうか?そうだとむしろ信じたい。

 

このご時世において、性悪説で組織を考えるということは現実への逃避行の他ならない。性善説で考えられない採用担当や人事や経営者はほとんど価値がないと思うレベルでイケてない。理想から逃げるやつに何が出来るのだろうか。

 

そうである、理想から逃げる人間には何もなし得ないのだ。

 

だからこそ2019年は、自分本意に、ただひたすら理想を描き、理想を追及し、喜びをただ感じたい。

 

そんな一年が過ごせることに僕はただありがたさを感じるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死について。あるいは自分本意を貫く重要性。

※2018年を個人的に振り返るための備忘録な側面が大きいです

 

まずは去年、僕が何を感じて2018年をどう見ていたかから。

 

hoozm.hatenablog.com

 

振り返ると2017年のテーマは裏切りであった。そして裏切りを経て感じたのが自分本意の重要性であり、2018年の裏テーマとして設定していた。

 

では2018年はどうだったか?

結果として言えば2年連続で3社に在籍するという予期せぬ結果となっている。まさかだった。

しかし、自分本意な人間かつ、自分に対しても性善説を適用している人間なので、何の後悔もなければ、むしろ正しい判断だと思っている。実際7社目の今が圧倒的に人生として見た場合に充実してるなと思う。

結果だけを見れば、過程はどうであれ今年も自分本位さを貫けたことは良い点だったと思う。

 

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