目的地設定を間違えた話

「ああ遠回りしたな」

 

私は後楽園の辺りにいた。2時間後に秋葉原に予定があったので、散歩がてら歩いて向かおうと、ふと思った。

 

Googleマップを立ち上げて、目的地を「秋葉原」に設定して、意気揚々と歩き出す。

 

文京区周辺はあまり歩いたことがなかったので、新鮮だった。

 

こんな店があるんだな、と少しワクワクしていた。散歩は楽しいものだ。

 

30分ほど歩いて、私は秋葉原についた。やはり、この街は変わったものが多くて面白い。

 

しかしながら、私は秋葉原の地理には疎い。そそくさとスマホで待ち合わせ場所を確認する。

 

 

 

アキバ・トリム

 

 

恥ずかしながら、駅ビルであることも知らなかった。

 

私は、またGoogleマップを立ち上げ「アキバ・トリム」と目的地を設定し歩き出した。

 

 

私はちょうど反対側にいたので、駅を横切って歩いた。現在の私はアキバ・トリムのとあるカフェに座っている。

 

ふと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初から目的地を「アキバ・トリム」にして歩けば、もっと早く辿り着けたのではないか?

 

と。

 

またGoogleマップを立ち上げた。

 

調べてみると、やはり最初から目的地を「アキバ・トリム」にしておけば5分ほど早く到着していたことが明白だった。

 

私は貴重な時間を無駄にしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

いや、そう考えるのは時期尚早かもしれない。

 

 

その5分は確かに目的地に早く辿り着けたという結果を失わさせた。

 

しかし、その5分で私は、よく知らなかった秋葉原の街を少しだけ多く味わえた。

 

抽象化して言い換えれば、私の知らない世界を少しだけ知ることが出来たのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、自分のキャリアを振り返る。

 

「私のキャリアも世間から見れば、目的地設定を間違えていたのかな」

 

短い期間で数社のスタートアップで働いたというキャリアは、他人の目からは「Googleマップの間違えた目的地設定」の構造と同じように見えると思う。

 

最短距離ではないだろうし、世間から見れば遠回りに見えるだろう。

 

しかし、その遠回りをしたことが、今の私を構築している。そのことは紛れもない事実。

 

他の人とは違う目的地設定をしたことは、人とは違う世界を私に教えてくれた。

 

残った事実は、これだけである。

 

 

そんなことを思いながら、自分を慰める私がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

人間は事実をどのように受け止めるかでしか、思想に違いはない。

 

それだけである。

 

 

 

 

約束の時間まで後30分。

 

もしかしたら、私は早く着き過ぎたのかもしれない。