「会社の違い」=「正義の違い」→「会社選択」=「宗教選択」

※筆者は正義論が好きです。特にロールズとサンデル、あとはセンあたりの思想に近いです。今回の話はサンデルの共通善に近くなってます

 

※思い付きで書いてるので悪しからず

 

大学時代にひたすら正義論を勉強していた過去が私にはあるのですが、そこでの私としての正義の結論は「正義に決められたものはなくて、ただ、そのコミュニティにおける正義を見つけることが重要である=共通善」となり、サンデルの影響しか受けてないような答えに辿り着いた。※もちろん、この考え方を補完する考えは様々な正義論によって成り立ってます。

 

社会人を4年経験しようとしている今時点で、この考えは間違ってはないなと最近感じる。

 

そんなことを感じながら、最近考えるのが「会社というコミュニティにおける正義とは何か」という命題。

 

そもそも正義とは何なのだろうか?

 

正義には形がないし、明確に定義も出来ない(人によって解釈が違う)ものである。

 

個人としては、「(コミュニティにおける)共通倫理」が正義だと考えているが、そう考えた場合に次なる議題になるのが「倫理」とは何かである。

 

そもそも「倫理」とは何なのか?会社においては「行動規範」が近い言葉かもしれない。

 

「行動規範」は、言い換えればその会社の思想である。多くの会社が(本当かどうかは不明だが)理念とか指針とか謳っている。

 

※どんな理念がいいとか、この指針がいけてないとかはここでは触れない。

 

話を戻せば、「会社における正義」とは「会社に属す際における、メンバーに求められる行動規範」である。

 

共通善にならえば、この正義を正義と定義するのはコミュニティに属するメンバーが決める(サンデルの話は政治哲学なので基本投票で決める)ことになる。

 

大企業では正直無理だろうが、スタートアップとかベンチャーとかそこら辺はこの図式に当てはまってるなと思うし、成長してる会社は基本的に則ってるイメージ。

 

おそらくだが、会社というコミュニティにおける正義を適切に定義出来ることが出来れば、良い結果が生まれるんだと思う。

 

少し話は変わるが、そう思うと会社の違いは、基本的には思想の違いであり、会社を選ぶことと「宗教を選ぶこと」は同じ行為だと思う。

 

日本人が(特に就活生)が上手く選べないことの要因には、日本が基本的に無信教であり、自分で思想を選ぶことに慣れてないのが要因なのではないかとふと思い付いたので、筆をとりました。

 

おわり。