もはや我慢は美徳ではなく怠惰だと思う

「(不条理なことに対して)耐え忍ぶ」という意味での「我慢」は、美徳であると考える人が多い。

 

特に旧来の日本人的な思想の根幹にはこの傾向がある。

 

この背景にあるのは、「我慢すれば、良い結果が(高い確率で)もたらされる」という共通認識だろう。

 

上司に理不尽なことを言われても、それに必死に食らいつけば、ある程度以上の給料を継続的に獲得出来る。

 

だからこそ、

 

我慢=美徳→自身にとって良い結果がもたらされる

 

という意味で使われてきたのだろう。

 

しかし、昨今の個が重要視される時代においては、この前提が前提であり続けられるかは甚だ疑問だ。

 

多分我慢し続けても、過去と比較すれば良い結果がもたらされる確率は低いだろう。

 

この現状を踏まえると、もはや我慢は美徳ではなく、自分を蔑ろにする怠惰なスタンスになる。

 

我慢ではない、各々にとっての美徳を探すことが求められる時代がやってきてると思う。