信用ではなく真の信頼関係による推進力は感情の共有から始まる

ある経営者が「本当の意味での信頼関係は感情の共有がなければ築けない」という話をしていた。

 

本当にその通りだと思う。

 

※ここからはこの話に関する個人の解釈を書き連ねます。笑

 

個人の見解として、そもそも人間は感情というロジックで行動する動物であると捉えている。

 

どんなに論理的に行動していると思われる人も「論理的なことでないと自分が納得出来ないという感情」で動いているので、舵をとるのは論理かもしれないが、行動する原動力になっているのは感情である。

 

 そのため人に推進力を持たせるには感情に働きかけることが必要だと思っている。

 

ちなみに、信用と信頼はどう違うかということにも触れておく。

 

信用とは「信じて用いる」という意味合いであるが、基本的に過去の実績によるところが大きい。仕事において考えれば、過去の実績などを信じて登用するという感覚だろう。

 

信頼は「信じて頼る」ということで、どちらかというと未来に期待するという意味合いを含んでいる。根拠が何かしらによって担保される前提であるが、基本的には「この人ならやってくれそう」と性善説的に任せるというニュアンスが強いと思う。

 

そして、信頼における「何かしらの根拠」を担保しうるのが、「感情の共有」ではないだろうか。

 

どうしても信用だけによる実績ベースの関係性では、人間という動物の最大動力である感情までは動かせない。

 

しかし、感情を共有することで、「嬉しい」とか「悲しい」という気持ちまでさらけ出すことで「真の意味で信頼出来る」という関係を構築できるのではないか。

 

信用ではなく、感情の共有による性善説的な信頼が実現されることで、人は最大パフォーマンスを発揮させることが可能になるのではないか。

 

 ビジネスに感情を持ち込むべきではないと考えることが通常であるが、人間である以上、またパフォーマンスを最大化することを考えるのであれば、性善説的な信頼関係を構築するための感情の共有は必須条件なのだと思う。