実は「親=経済ヤクザ」ではないかという話

親という存在は子供にとって偉大である。

 

基本的に子供は親の愛情がなければ、この世で成長していくことが出来ない。それが親でない場合でも所謂大人の庇護を受けることでしか成長することが出来ない。

 

さて、そんなよちよち歩きな子供が成長したとして、果たしていつになれば子供は自立が可能となるのだろうか。

 

中学生くらいで可能な場合もあれば高校、はたまた大学生や社会人になってからかもしれない。

 

 

少し話を戻そう。大人から子供が受ける庇護とは金銭である。もちろん愛情などもあるかもしれないが、基本的に愛情では生きていくことが出来ないので金銭というリソースに還元されている。※金銭の額と愛情に関係性があるとは言うつもりもない。

 

要は子供が自立するタイミングはこの親からの金銭的支援がなくても生きていけるタイミングとなる。

 

言い換えるなれば、子供が自立出来たという証明は、親の金銭的支援をあてにせずに自分のとりたい選択をとることに帰するのかもしれない。

 

 

さて、では社会人になった子供たちは果たして本当に自立できたのだろうか。

 

就職活動における選択は果たして100%自分の意思で選んでおり、そこに親という経済的支援を行ってくれた偉大な存在の影響は介入していないのだろうか。

 

100%自分で選んだという人は少ないだろう。まあそれが悪いとも思わないし、親孝行出来るのであればやることは悪くはない。

 

しかし、親の意向に影響を受けすぎている場合も多いのが日本社会の現実である。最大の問題は親が「子供は親が正しいと思う選択をとる」という幻想を信じていることにある。

 

そもそも親が正しいことを選べるという前提が崩壊しているのはさておき、子供をコントロール出来るというのは金銭的支援を行うことで無意識的に子供の選択を誘導出来ていたことで勘違いを起こすのだろう。

 

そして、この勘違いに気づかないままであれば、親は子供の視点から見れば、経済ヤクザと同義になってしまう。

 

残念なことに、恐らく、この世から経済ヤクザ化した親を廃絶することは難しい。

 

別に子供が経済ヤクザに支配されることを望むのであれば問題ないし、そこにはその家族の幸せがある。

 

ただし、もしかしたら経済ヤクザであることを認知出来ずに、真の幸せを知らないだけなのかもしれない。

 

 

そして真の幸せを求めようとすれば、経済ヤクザは「仕送りを止める」というような制裁をもってしてこれをコントロールしようとするだろう。

 

従順であれば温和に、反抗するなら徹底的に。

 

あなたが子供だったとして、真の幸せを選べていますか?

 

そして、あなたが親になる時、あなたは経済ヤクザにならない自信はありますか?